章 89

水に入った瞬間、海水が頭上から押し寄せた。謝然は息を止める間もなく、後頭部が痛みで朦朧とし、体が水面に叩きつけられる激痛なのか、海水が肺に入ったことによるものなのか、区別がつかなかった。

視界は一片の霧、耳元の音も全て途絶えていた。

この息苦しい静寂の中で死んでいくのかと思った瞬間、静かな水域は再び破られた。謝然の耳に鈍い水を裂く音が響き、すぐ後に一人の人間が水面を叩き割って飛び込んできた。黒い影が腕を広げ、謝然に向かって泳いでくる。謝然はその見慣れたシルエットを見て、幻覚ではないかと疑った。人は死ぬ間際に最も大切な記憶を思い出すというが、それなら彼はきっとあの年、足を滑らせてダムに落ちた...