


章 1
アイデンがバラ館に男性メイドとして応募してから、早くも二年が経っていた。
この二年間、アイデンは端正な容姿と適切な振る舞いを武器に、下級の雑用係から一歩一歩と昇進し、ついには館の主人付きの執事にまで上り詰めた。
バラ館の主は一人の女性、女性ベータだった。彼女は第一王女の唯一の子供だったが、不幸なことに、王女は彼女が幼い頃に亡くなってしまった。そして彼女の父親については、今日に至るまで誰も知らない。人々は王女に仕えていた従者の一人ではないかと推測していた。おそらく王室に王女との密通が発覚した後、密かに処刑されたのだろう。だからこそ、第一王女の自殺にも納得できる理由があったのだ。
第一王女は亡くなる際、一人娘に王室の高貴な姓だけでなく、領地と館も遺した。それは娘が一生贅沢に暮らすのに十分な財産だった。
この令嬢は、長い姓を除けば、名前はただ「楊」という一文字だけだった。使用人たちは彼女の名前を直接呼ぶことなど許されず、できるはずもなかったため、いつしか令嬢の本当の名前を知る者はほとんどいなくなっていた。
令嬢は第一王女が誰かと密通して未婚のまま身籠った子供ではあったが、王室は彼女の身分を認めていた。公式な王女の叙任式は行われなかったものの、誰もが彼女を王女として扱っていた。
むしろ、彼女以上に王女らしい王女はいないとさえ言えた。
彼女はあまりにも裕福だったのだ。
そして今日、アイデンがいつものように王女にアフタヌーンティーを用意していると、王女が突然優しく彼を呼び止めた。
アイデンは王女に接する時のいつもの優しく情感溢れる笑顔を浮かべた。王女が彼の容姿を気に入っていることを知っていたからだ。
案の定、王女の唇の端にある笑みが少し増した。
アイデンはわざと戸惑ったような表情を見せた。「王女様?」
王女は微笑みながら言った。「アイデン……アイデン?」
「知っておいてほしいの、私の名前、楊よ」
そして王女は彼の返事を待たずに、風のように駆け去ってしまった。
アイデンは王女の振り返りざまの一瞥に心を打たれた。
底辺の平民から今や大きな館の主人付き執事になれたのは、彼がアルファだからというだけでなく、上昇志向という野心があったからこそだった。
どのアルファも彼のように偽装することはできなかった。優しく情熱的で、風格があり、気配りができロマンチック。傲慢で高慢なアルファにはこういった振る舞いはできない相談だった。彼も生まれながらの優しい貴公子ではなく、すべては出世のためだった。
彼のような貧しい平民は、背景もなにもない。たとえアルファであっても何も変わらない。だが神に感謝すべきは、彼には一般人にはない端正な顔立ちがあった。それこそが彼の十分な切り札だった。
貴族の令嬢で彼の積極的なアプローチを拒む者はいないだろうと彼は信じていた。
そんな考えを抱きながら、アイデンは引き留める町長の娘や、かつての自分にとって少しは役立った他の令嬢たちに別れを告げ、バラ館へとやって来たのだ。
彼の目的は王女、もちろん最良の形は王女の愛人になること。愛人になるだけで十分だった。彼は自分を容易に満足できる人間だと思っていた。少しだけ多くのお金と、少しだけ高い地位があれば十分だった……
アイデンは現実的で悲観的な人間だった。彼は決して儚いものを求めなかった。もっとも、彼が到達可能だと自認するレベルは、一般人から見れば儚いものに思えるのだが。
王女に会ってからは、彼は初心をさらに固めていた。王女は彼が今まで見た中で最も美しく魅力的な人だった。誰も彼女には及ばなかった。