


第2章
水原恵子は一気に1キロ走り続け、あの男が追ってきていないことを確認してようやく安心して息をついた。
時間を確認しようと携帯を取り出すと、水原恵子の目玉は画面から飛び出さんばかりだった。なんと今日は月曜日だったのだ!
なんてこと、失恋で頭がぼんやりして、平日であることをすっかり忘れていた。
次の瞬間、水原恵子はタクシーを拾い、会社へと急いだ。
しかし、どんなに急いでも、結局5分遅刻してしまった。
これで今月の一万円の皆勤手当は水の泡だ。
くそっ、あの男のことを思い出すと罵りたくなる。一気に一万三千円も損させられた。それは彼女の一ヶ月の昼食代に相当する。
でも、あの筋肉質なイケメンのことを思い返すと、まあ高級デリヘルを一回呼んだと思えばいいか。一万三千円じゃあんな最高のホストは買えないしね、と自分を慰めるしかなかった。
オフィスに入ると、水原恵子はすぐに今日の雰囲気がおかしいことに気づいた。皆が頭を垂れて、まるで霜に打たれたナスのようだった。
そのとき、同僚の伊藤美咲が近づいてきた。
「昨日の社内ネットのお知らせ、見た?」
「何のお知らせ?」昨夜は最高のホストのサービスを楽しんでいて、お知らせなんて見る暇なんてなかった。
「まだ知らないの?」伊藤美咲は驚いた顔をした。
水原恵子は怪訝そうにパソコンを開き、メールボックスを確認すると、すぐに呆然となった!
最近の噂が本当になったのだ。栄光グループの本社がJ市に移転し、彼女たちの支社は本社に統合される。そして最も重要なのは、支社の従業員が半分削減されるということだった。
「私たち財務部も半分しか残れないの?」水原恵子は財務部の6、7人のスタッフを見回した。
今日みんなが暗い顔をしているのも無理はない。今の世の中、ここほど待遇のいい仕事は外では絶対に見つからないだろう。
伊藤美咲は水原恵子の肩を叩き、慰めた。
「恵子は業務能力が高いから、きっと残れるわよ!」
「残るなら一緒に残って、去るなら一緒に去るわ!」水原恵子は豪快に言った。
伊藤美咲は首を振った。
「今は意気込むときじゃないわ。あなたはお母さんと大学生の妹さんを養わなきゃいけないでしょう。一人でも残れるなら、それでいいのよ」
それを聞いて、水原恵子は闘いに負けた雄鶏のように頭を垂れた。
これがいわゆる「貧すれば鈍する」というものだ。
しかし伊藤美咲の負担も軽くはない。彼女も母親の医療費と生活費を負担しているのだ。水原恵子も一時は途方に暮れた。
退社時間が近づいたころ、経理部長の西村朋美、通称「怖いおばさん」が水原恵子のデスクに来て、高圧的に宣言した。
「水原恵子さん、人事部が人手不足なの。明日から午前中は人事部を手伝って、午後は財務部に戻ることになったわ!」
このニュースを聞いて、水原恵子が何か言おうとしたが、怖いおばさんはすでに颯爽と去っていた。
伊藤美咲が駆け寄り、水原恵子の耳元でささやいた。
「絶対あの藤原琳の仕業よ。これはあなたをいじめる機会を作ったのね!」
藤原琳といえば、彼女の前世からの敵、今生の宿敵だった。
十数年前、水原恵子のクズ父が藤原琳の母親と不倫し、最終的に妻と娘を捨て、浮気相手の腕の中に飛び込み、他人の娘を育てに行ったのだ。
彼女と藤原琳は本当に前世からの縁があるらしく、数ヶ月前、藤原琳が彼女たちの会社でインターンをし、人事部の課長を見事に口説き落として、特別に正社員になったのだ。
藤原琳が正社員になってからは、何かとイチャモンをつけてきたが、水原恵子はそのたびに跳ね返してきた。しかし彼女は何度失敗しても諦めなかった。
「じゃあ受けて立つしかないわね。どうしようもないし。怖いおばさんの命令には逆らえないわ。さもないと私が一番最初にクビになるもの!」水原恵子は諦めて頭を振った。
「幸運を祈るわ!」伊藤美咲は重々しく彼女を見つめて言った。